『日本農業新聞』からの依頼原稿である。「世界は今」というシリーズに、「転換期を迎えた農産物輸出立国時代の農政」というタイトルで短いコラムを書かせてもらった。
掲載は、2006年3月13日である。編集部からの依頼は千字ということだったので、一部分カットされるかもしれない。このごろとくに、「立場が変わると人の意見もまったく逆に変わってしまう」という場面にしばしば出くわしている。
けっこうな皮肉屋なので、薄ら笑いを浮かべながら見過ごしてやっているが、本人たちは気がついている様子がない。自称「頭がいい」と悦に入っている人ほど、長期的には論理的に破綻していることがなんと多いことか! 人間は実に愚かである。
農政もその例外ではない。海外農産品の輸入阻止で動いていた同じひとが、明日は輸出振興策を練る立場に変わる。忘れやすいのもまた、日本人の官僚や企業人や政治家たちの特色なのかもしれない。
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「世界は今:転換期を迎えた農産物輸出立国時代の農政」
日本農業新聞(2006年3月13日号)
家電や自動車の工業製品分野で世界を制覇した日本のブランドが、勢力範囲を農業分野に広げようとしている。「農林水産省ブランドニッポン輸出促進都道府県協議会」が組織されたのが3年前の5月、JRTEROは同年から食品輸出を最重点事業としている。2004年度には、農水省内に輸出促進室が設置され、日本産農産物の輸出振興に8億円強の予算が付いた。農産物はいまや輸出の時代である。
韓国・台湾・中国が目の前にあり、観光分野(ハウステンボス、シーガイヤ)ではいまやサービス輸出地域となった九州地区は、農産物輸出事業に熱心である。筆者が会長を務めているJFMAの関係者周辺でも、高品質の切り花やシンビジウムの鉢物を、豊かになったアジアの大都市部に販売しようとする動きがある。しかし、日本からの輸出花き類を継続的に高価格で販売できる保証はない。アジアの消費市場を攻略するには、克服しなければならない課題も多い。
第一番目には、コピー商品の氾濫対策である。福岡の花市場では、数年前からシンビジウムの鉢を香港やシンガポールに出荷している。当初は2~3本立ちの小振りの鉢が日本円で7~8千円(小売価格)で取引されていた。しかし、クチコミで情報はすぐに行き渡ってしまう。コピー品が出回り、いまや同じ値段で3~4本立ちのシンビジウムが当たり前になってしまった。翌年も同じ商品が売れる保証はない。輸出仕様の商品を委託生産させるリスクは大きい。他方で、従前からある品種については、中国や韓国の生産者がパテント料を払わずに安く輸出してくる。品種権の保護法はあるものの、罰則規定は無きに等しい。結果として、日本の輸出業者はいまや利益が全くとれない状態にある。アジアの主要都市部で花の市場や高級花店を覗くと、日本の有名なシンビジウム会社の模造品が堂々と同社のラベル付きで販売されている。数量も半端ではない。本物より品質は劣るが、値段は3分の一以下である。商品の良さが判定できない未熟な消費者には、良品とまがい物を見分ける能力はまだ備わっていない。
2番目は、輸送コストの問題である。シンビジウムの場合は、九州の港からコンテナ単位(約600鉢)で出荷される。2千円前後で仕入れても、香港や上海の港に到着した時には倍の値段になっている。日本向けの輸入切り花の費用構造を調べたことがあるが、たいやマレーシアからの運ばれるマムやデンファレの輸送コストはそれよりは低い。数量がまとまっているので、航空会社は有利な運賃レイトを適用してくれるからである。多品種少量の日本からの切り花は割高である。花き類の海外出荷にあたっては、「ブランド、ブランド・・・」と念仏のように唱えても意味がない。農産物の輸出立国として、アジアの消費市場をどのように攻略すべきかについて、販売戦略的な面から全体の絵図を描かなければならない。個別業者の努力にはおのずと限界がある。
これまでは零細で低い生産性の国内農家を輸入品から護るために、農水省は植物検疫制度を堅持してきた。ところが、輸出を視野に入れた途端に、貿易政策に関しては全く逆の立場にとらざるをえなくなる。生産者からは懇願やら突き上げやらがあり、野菜や花の輸出先国の検疫制度が理不尽に見えてくる。これまでは、輸入促進に国費を投じることに躊躇してきた農水省も、農産物の輸出促進となれば話は別である。陸海空の物流関連施設を増強し、輸送ルートを固めることが輸出促進には必須である。海外に顧客がいることを知ったいま、日本の農政は歴史的な転換期を迎えようとしている。