経営学やマーケティングのテキストに書いてはあっても、現場での実践ではななかなか理論通りにことが運ばないことが多い。
ところが、理論通りにやってみたら、本当にめざましく成果が上がったという珍しいケースが起こっている。今回は、柴田静哉さんの事例を紹介する。
以下のコラムは、「農耕と園芸」(誠文堂新光社:2002年7月号)に掲載されたものである。
昨年の暮ごろから、切り花業界の未来を予見させるような新しい動きが起こっている。花き卸売市場統計だけを見ている向きは、「え~っ、そんな・・・」と思うかもしれないが、一部のスーパーマーケットとホームセンターで切り花が本格的に売れはじめているのである。その根底にあるのは、消費者の間で、「花を購入するのは、花専門店ではなくて量販店がふつう」という習慣が定着しはじめているからである。
家計消費支出(総務庁)を見ると、昨年(2001年)は世帯当たりの切り花購入額が微増に転じている(+5円)。業務用は取扱額も単価も落ち込んでいるわけだから、家庭用の平均支出が大きくプラスに転じていることがこの数字から推測できる。とくに、魅力的な花束を供給しているパッカー(花束加工業者)を抱えているスーパーは、売上を大幅に伸ばしている。ジョイフル本田やケーヨーD2のようなホームセンターでも、切り花は非常によく売れている。それは、上で述べたように、花を購入する習慣に変化の兆しが見られるからである。「量販店で購入した花は、値段が安いわりに品質も悪くない」という経験を一度でもしたことがある消費者が、花売場のリピーターになりつつあるのである。この動きは、この欄でしばしば紹介している「切り花の日持ち保証販売」と連動してはいるが、それとは異なる別の流れを作り出している。量販向けに花を生産している農家にとって、あるいは、スーパー向けに花束を産地加工している花き農協の担当者には、是非知っていただきたい事実である。
実践しているのは、JFMA会員の柴田静哉さんである。柴田さんが経営する花束加工会社「(有)フラワーアレンジメント シバタ」は、千葉県柏市にある。柴田さんが花束を納品しているのは、現在28店舗。販売はすべて量販店向けの委託販売である。ヨークマート(13店舗)とナリタヤ(5店舗)を中心に、昨年暮れからはカルフール(2店舗)での鮮度保証販売も実施している。今年の5月実績で、納品先店舗(既存店ベース!)の花束の売上が対前年比で20%~70%伸びている。驚くなかれ、既存店平均で47%増である。消費不況の中で、既存店で花の売上が50%近くも伸びているのは、いったいなぜなのか?。その理由を考えてみたい。
柴田さんと筆者がはじめて会ったのは、2年前の秋である。当時すでに柴田さんは、ヨークマートなど、地元スーパー24店舗の花束供給業者であった。ところが、売上はほぼ前年並みの状態が続いていた。その中には、売上がマイナスになっている店舗もあった。某スーパーの部長さんに、「柴田さん、ちょっと売上が足りないんじゃない」と言われてがっくりしていたことを思い出す。
さて、JFMAでは、2年前から鮮度保証販売を提唱しているが、柴田さんはメンバーの中では唯一「鮮度保証販売否定論者」である。もちろん、切り花の鮮度は大切という立場に変わりはない。そうではなくて、柴田さんは「日持ち訴求派」の立場に立っている。「鮮度保証販売」はしないが(例外はカルフールでの取り扱い)、その代わりに柴田さんは「鮮度訴求販売」に取り組んでいる。店頭で販売する花には、「この花はおよそ○○日間もちます(目安)」というPOPをつけて販売している。
店頭で販売する花束にはすべて自社負担で鮮度保持剤の小袋をつけている。「結構な負担になるので、はじめはちょっともったいないかな?」(柴田さん)とも思ったそうだが、いまでは「買っていただいた花が長持ちするのであれば安いもの」と消費者の支持を確信している。柴田さんの特徴は、日本のパッカーとしては、たぶんもっとも徹底的に、入荷した花の日持ち実験を実施していることである。花束加工場のなかには、花瓶に挿した試験用の花が並んでいる。
POPによる「鮮度訴求販売」だけが、柴田さんの成功の理由ではない。もっと大切なことが、さらに3つある。
ひとつめは、販売データをパソコンで数値管理していることである。柴田さんが納品する花束は、店舗別・カテゴリー別に毎日の販売数量と売上高がパソコンに蓄積されている。前年/前々年の店舗別売上データを見て、当年の売上を予測する。売上予測は「日別」である。供給量と在庫量(見込み)をそれを見て決定する。売上の伸びが大きいので絶対量はかなり伸びているが、店舗別の販売傾向(上下動のパターン)にそれほど大きな変化はない。だから、在庫を抱えて大幅なロスを出すことはほとんどない。
2番目は、昨年以降の商品単価の下落を利して、花束にボリューム感を出したことである。これは、筆者がここ数年来主張してきたことである。柴田さんが理論を実践してくださった成果が、実に50%の売上増である。たとえば、単価が30%下落したら、3本入りで280円の花束を180円にするのではなくて、値段を据え置いたまま4~5本入りに増量する。あるいは、品質の良いものや珍しい花を使う。そのほうが、花束が豪華に見える。「スーパーでも、けっこう素敵なものを扱っているんだ」という消費者の支持がいずれ得られる。リピーターが増えて、そのうち必ず売上は伸びる。
3番目は、花束のデザインと店頭の作り方である。スーパーで売られている花束の欠点は、見栄えがしないこと(品物が貧相なこと)と、置いてあるものがいつも同じであること(代わり映えがしないこと)である。後者の欠点を克服するために、柴田さんは花の組み合わせ(デザイン=品種と色)に工夫を凝らしている。また、売場に変化をつけたり、季節感を演出するために、店頭の陳列を頻繁に変えて、説明のためにPOPを多用したりしている。
柴田さんの成功は偶然ではない。きちんとした理論と実践がその背景にある。「価格より花束のボリューム感を重視する」「店頭と商品を絶え間ない変化させる」「POPによる消費者向けの商品説明をていねんに行う」「経済的負担を覚悟してでも鮮度を訴求する」である。是非参考にされたい。なお、柴田さんによると、「スーパーで既存店売上を対前年比200%に持っていくことは、決して無理ではないです」。