昨日は、大学院の授業内講師として、鎌田由美子さん(ONE/GLOCAL代表、元JR東日本ステーションリテイリング社長)をお迎えした。彼女の話は、JR東日本で関わった「ステーションルネッサンス」から始まり、現在ご自身がチームで取り組んでいる地域再活性化の事業に及んだ。クルス討議も含んだ200分の長丁場の授業だった。
前半の時間は、鎌田さんに講義をお願いしてあった。
彼女のJR東日本でのプロジェクトは、「駅を変える」(=通過する駅から集う駅へ)がテーマだった。そこからエキュート(大宮、品川、立川など)が生まれ、のちにグランスタ(東京駅)やエチカ(営団地下鉄)につながっていく。「駅ナカ」という概念の商業施設が駅構内に誕生すると同時に、駅が心地よい場所に変わっていった。
鎌田さんがその後に手がけた仕事は、JR東日本という会社がもっている駅ビル・駅舎を活用した地域再活性化だった。「のもの」や「A-Factory」などが象徴的な開発業態だった。地域に眠っている農産資源を、JRの商業施設を核として販路開拓する事業である。そこから、青森のりんごの加工(廃棄ロスになるりんごの再利用)で、シードルを開発など地域資源を発掘する方式を編み出して。
英国留学後、いまはJR東を離れて(途中でカルビーの執行役員を経験)、独立してりんごなどの加工品販売などを手掛けている。「生産に乗り出しているので、在庫品を抱えている」と話していた。HP(https://one-glocal.co.jp/member/)では、「魅力ある素材の発掘や加工を通じ、地域デザインの視点から地元と共創した事業に取り組みたく(株)ONE・GLOCALをスタート」とご自身の再出発を紹介している。
以下は、前半の85分(+15分間のQ&A)の講義を聞いて、わたしが感じたことである。
1 組織運営形態の変化
鎌田さんが経営している「(株)ONE・GLOCAL」という組織は、本業を別にもっているメンバーの参画で運営されている。この形の組織が、いま若い人たちの間で増えている。一昨日、わたしの研究室を訪問してきた「CAVIN」(福岡拠点の花の直販会社)という会社の代表は、米国でITベンチャーで起業を経験した29歳の若者だった。
彼以外は、鎌田さんのONE・GLOCALと同様に、やはり他の職業や会社に所属しているメンバーが事業に協力している。似たような事例に、個人的に支援しているパワーサラダの会社(ハイファイブ・サラダ@神楽坂)がある。水野社長の共同経営者(CMO)は、某食品メーカーの社員である。
新しい流れ(サステナブルな理念)の中で仕事をしている若者たちは、副業として社会的な事業を支援することをいとわない。また、そうした組織が成功するとなると、自身が所属する大きな会社組織を抜けてくる。そして、自分たち仲間で、新しい事業を組織化していく。世界的な動きではあるが、人々の組織への関与と働き方が変わっているのである。
2 3Rを体現する
授業内講演のテーマは、「大きなうねり」だった。その中身は、サステナブルな理念の実現である。実際的には、リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)の3つのR(アール)で世界を持続可能なものにしていこうという考え方である。
鎌田さんのいまの仕事は、3Rの概念をガイドラインとして動いている。ONE・GLOCALに集ってくる仲間も、彼女の理念に共鳴して地域活性化に帰依しようとする人々である。ハイファイブ・サラダのケース(水野社長と近藤CMO)も、CAVINを率いるふたりの若者(小松代表と相原CMO)も相似形である。
唯一の懸念は、理念ばかりが先行すると、組織の持続可能性が失われることである。彼らのコワーキングの挫折を懸念するのだが、若いからチャレンジ精神が旺盛である。失敗もまた良き経験の積み重ねになるだろう。
3 多様性とたおやかさの受容
多様性(Diversity)と包摂(Inclusion)が時代のキーワードである。鎌田さんの講演でも、このふたつが強調されていた。たとえば、弘前で昔から作っていたりんごが、通常の流通に乗れないために市場を失った事例を話されていた。
「御所川原」というブランドである。果肉まで真っ赤なリンゴである。売れなくなったので、御所川原のりんごの木が伐採されている写真を、授業のスライドで投影していた。以前に、このリンゴを鎌田さんから贈っていただいて食べてみた。甘酸っぱくて、ジュースにすると独特の風味で良い香りがする。
ふだんはリンゴジュースを飲まない孫たちも、この品種のジュースは喜んで飲んでくれた。その話を鎌田さんにLINEで送ったところ、感激してくだったことを覚えている。しかし、希少品種で市場を探すことがむずかしかった。ジュースやスパークリングに加工して、新しい市場を開拓しようとしている。
このような事例は、いま世の中にごろごろと転がっている。野菜や果物、花や鉢物の育種に目を向けると、マス市場(大量生産と大量流通)に向けては、栽培で経済効率が高い品種や、輸送性が良い長持ちする品種が好まれてきた。しかし、犠牲にしている属性もある。たとえば、香りや美味しさである。伝統的な種苗の市場が失ったものは、長い間培われきた本物の良さである。
伝統工芸の世界でも、同じような傾向がみられる。後継者が不在のために、事業の継続ができなくなっている商品カテゴリーが存在している。地域に眠っているそうした資源(種子や材料)を発掘する仕事に、鎌田さんは邁進しているようだ。その手助けをする若者が続々と現れそうである。実際に、「講演の後でラブレターをもらい、その人が仲間になっていただくことが多い」(鎌田さん)。
講演後の後半の授業(100分)では、「(青森県のリンゴのように)活性化したい地域を選んで、商品やサービスを提案せよ。ただし、持続可能性(SDG’s)の観点を入れて」というテーマで、グループ討議をしてもらった。おもしろい提案が複数あった。
わたしの記憶に残っているものでは、①茨城県の「栗」、②千葉県の「ジビエ」、③愛知県の「花・薔薇」、④岐阜県の「和傘」、⑤宮崎県の「へべす」、⑥一関市の「米ぬかバーガー」などがあった。大学院の学生たちにとって、今回も刺激的な授業になったのではないか?学生の中から、鎌田さんの協力者が輩出できれば、なお喜ばしい。