池田屋のランドセル、最終回(その3)は、同社の展示会ビジネスの仕組みを紹介します。地方の小売店が、業界のトップに成長するまでの成功物語は、今回で完結です。来年度(2019年度)、法政大学大学院のマーケティング論の講師として、池田浩之さんをお迎えするつもりでいます。
「なぜ地方の小さなかばん屋が、日本一のランドセルメーカーになれたのか?(その三)」
<ランドセルの展示会ビジネス>
2004年に銀座コアビルに出店した後、池田屋は10年間、静岡県以外で店舗を増やすことをしなかった。その代わりに注力してきたのが、全国を行脚するランドセルの展示会である。代表の池田浩之さんにインタビューを申し込んだ時期(6月30日)が、展示会シーズンが佳境に入ったタイミングだった。
そんなわけで、静岡本店が訪問できる9月30日まで、杉山君とわたしは3か月ほど面談の日がくるのを待たなければならなかった。展示会シーズンは5カ月弱。池田さんはその間、全国32会場(45回)でランドセルの展示会を開催するために走り回っていた。毎週末の土曜と日曜は、静岡を離れて地方出張の旅が続いていたのである。
池田屋が展示会ビジネスをはじめたのは、銀座出店と同じ理由からだった。ネット販売のアンケートで、「池田屋のランドセルを実際に見て購入してみたい」との希望が増えてきたからである。展示会の仕組みは、大相撲の地方巡業のようなものである。
いまわたしの手元には、「池田屋ランドセル 展示会」というパンフレットがある。A3サイズ一枚の見開きで、シンプルなカラーのチラシである。「ランドセルをみにいこう。」というキャッチーなコピーが、その部分だけ縦書きでちいさく書かれている。
わが義娘の奈緒さんのように、池田屋ランドセルの見込み客は、まずはネット経由で展示会のチラシを申し込む。パンフレットには、北は北海道(札幌)から南は九州(福岡)まで、展示会の開催日と会場名がリストアップされている。地方のコミュニティセンターやコンベンションホールのような会場が多い。
展示会のスタートは、こどもの日(5月5日)。東京有楽町の交通会館(グリーンルーム)での開催が杮落しになる。今年の場合、最終日が静岡でのインタビューの前日(9月29日)だった。地元沼津市の千本プラザ(多目的ホール)で今年の展示会は終わっている。
<ランドセル展示会の運営方法、池田屋方式>
展示会をはじめた当初、たとえば、天神(博多)の会場一カ所で売れたランドセルは、一日30本程度だった。それが、昨年は一日で3ケタを大きくクリアするほどの売上に伸びている。
案内のパンフレットによると、池田屋のランドセル展示会の特徴は、(1)来場申込不要、(2)その場で注文可能、(3)注文可能な全モデル展示、となっている。顧客の心理を知り尽くした仕組みになっている。ネットからカジュアルに来場を促しながら、買いやすい販売の仕方を工夫している。
「うちのランドセルは他社さんに比べて、リーズナブルな値段になっています」(池田さん)。たしかに、高額なプレミアムモデルを販売している工房系のメーカーに比べると、池田屋のランドセルはお値ごろ価格ではある。
とはいえ、5万円から10万円はする高額なランドセルを、数か月間の長い考慮期間(ラン活)を経て買おうとする顧客の姿勢は、真剣そのものである。簡単に売れる商品ではない。なので、わざわざ会場にやって来る顧客には、経験豊かな販売員が、マンツーマンで丁寧に接客をしている。
毎週のように「地方巡業」をする販売チームは、15名で構成される。展示会担当の店長が3名、デザイン担当が1名、パートの女性社員が約10名である。
静岡から展示会が開催される各都市までの交通費は平均1.5万円。パート社員に支払う給料も、展示会場を借りる費用もばかにならない。それでも、ベテランの販売員が一人で約10本(50万円)を販売するので、常設店舗を必要としない展示会のビジネスは、それなりに収益性が高いことがわかる。
<ラン活離れ、その後の対策>
展示会の好調を受けて、昨年(2017年)は福岡出店が決まった。2014年には、大阪梅田のグランフロートにも池田屋の新店がオープンしている。既存の6店舗は業績が好調に推移している。地方都市20数か所で開かれているランドセルの展示会のほうも、大いににぎわってようにも見える。
「少なくても、30店舗くらいは日本全国でチェーン展開できるのではありませんか?」というわたしの質問に、池田社長は慎重に答えてくださった。全国32カ所で展示会が開かれているからだ。
「少子化の影響がランドセル業界にも及んできています。生まれてくる子供の数が、3年前から年間100万人を割り込んでいます。それと、今年あたりからラン活に変化の兆しが見えています」
それほどまでして、品薄で高額な商品を買う必要がないと考えるファミリーが増えているらしい。「ラン活離れ」が始まっているのかもしれない。ランドセルの市場はいずれパイが小さくなっていくマーケットでもある。
率直な意見を伺ったところ、池田さんも多店舗化は達成できると思っている。ただし、縮小する市場では競合から客を奪うしかないとも考えている。一直線の成長路線に慎重な態度を崩さない池田さんは、多店舗化に向けては、新規出店ではない別の事業形態を考えている。
「いま正社員が70名弱です。多店舗を展開した後に売り上げが落ちてきたら企業としては大きな問題を抱えることになります。社員の将来を考えると、これ以上は社員数を増やしたくないのです」(池田さん)
今後、地方に出店していく場合は、店舗オペレーションを他社に任せて、自社では社員を増やさない道を模索している。
<創意工夫と謙虚な態度>
池田屋の経営理念は、「子ども思い」というコピーにうまく表現されている。
業界の常識を踏襲することなく、常に顧客目線で製品の改良に取り組んできた。池田屋は、子供たちが使いやすいよう、軽くて容量が大きなランドセルを開発してきた。業界に先駆けて品質基準を変えてきたことが、地方の小売店がメーカー的なポジションを獲得できた要因である。
元気な子どもたちに多少乱暴に扱われても、ランドセルが型崩れしないよう、「変形防止板」を最初に取り入れたのは池田屋だった。池田さんの発案で、ランドセルの大マチ(幅)を、8センチから12センチに広げてみたりもした。しかしながら、自身の創意工夫について、池田さんの発言は実に謙虚である。
「わたしどもの新しいアイデアは、お客さんが困っている問題に耳を傾けた結果です」。
ランドセルの製造と部品の発注方式についても、池田屋は他社とは異なる方式を採用している。原材料をまとめて購入し、その年に売れるランドセルの全量を見込みで生産する「投機型」の生産方法が、ランドセル業界の標準になっている。そのため、春先から早期に品切れになる商品が出て、消費者の心理を煽っている。工房系のメーカーを中心に、「売り切れ御免」の販売モデルが成立するゆえんである。
それに対して、池田屋はすべてのランドセルを見込みでは生産していない。販売量の2割程度は、店頭での売れ行きを見ながら追加で生産量を決める。いわゆる「延期型」の生産体制を、全量の8割を占める見込み生産に組み込んでいる。売れ行きを見ながら追加発注する手順は、小売店出身の池田屋ならではの発想である。他社はメーカー出身なので、そうした小売りの遺伝子はもちあわせていない。
インタビューの最後に、池田さんから頼もしい話を伺った。ランドセル業界にとって困難な時代にあって、池田屋の将来は盤石そうなのである。それは、池田さんの下で、後継者が育っているからである。息子さんを含む複数の若い経営者が、ランドセルビジネスを承継していくことが決まっているのである。