上空3万フィートの食事、沸点は60℃、人の味覚も変わる

 シンガポール航空は、ほぼ20年前に「インターナショナル・カリナリー・パネル」を結成した。目的は、ファースト/ビジネスクラスの乗客に、機内で一流のシェフによる最高の料理を楽んでもらうため。世界の著名なシェフがパネルに選ばれたが、京都の料亭「菊乃井」の村田吉弘シェフもメンバーだった。

 

 10人のシェフのうちでいまも残っているのは、村田シェフともうひとりだけ。現在は、村田さんを含む8人がメンバーを構成している。フレンチ、イタリアン、中華、和食など。就航している路線によって提供される料理も異なっている。

 村田シェフが担当しているのは、日本発着便(羽田・成田・関空~シンガポール・ロサンゼルス)の週70便ほど。本日、わたしは、シンガポール航空から成田空港のケータリング会社「COSMO」のプレゼンテーションルームに招待された。

 村田シェフの創作和食「花恋暦」のリニューアルお披露目会に参加させていただいた。3月11日から提供されることになる、ビジネスクラスの特別食を試食するためである。サービスマーケティングの研究者だからこそで、大いなる役得である。

 

 食事会は、12時から2時間ほど。わたしの左隣は、結婚情報誌「ゼクシー」の女性記者が座っていた。その他、メディアの担当者が数人。右隣は、シンガポール航空の「カスタマー・エクスペリエンス」のベティー・ウオン部門長。日本風にいえば、彼女はCS担当の最高責任者にあたる。

 日本支社長のデイヴィド・ラウ氏のあいさつに続いて、村田吉弘シェフの解説がはじまった。メニューのリニューアルを概説したあとで、実際に食事をとりながらの会話になった。全体の人数も10数名なので、テーブル越しの会話になった。

 以下は、そのときの簡単なメモである(今回ばかりは、写真を載せられないのが残念です。)

 

 新装になった「花恋暦」のメニューを、そのままリストにしてみました。

 

 <花恋暦>

 お膳がふたつ(花膳と二の膳)、

 最後に水菓子というシンプルなメニュー。

 

 <花膳>

  先付け

 碗豆とひじきの玉〆

 空豆みじん粉揚げ

  向付け

 真鯛の野菜巻

 菜種辛子和え

 にんにく醤油ゼリー(ジュレですね)

  口取り

 蛸桜煮、大根旨煮

 絹さや   

  麺

 茶そば、そばつゆ、ワサビ、海苔

 こごみ、花びら百合根

 

 <二の膳>

  焼き物

 鰈山吹き、木の芽

 赤キャベツ甘酢漬け

  焚き合わせ

 合鴨鞍馬煮、辛子

 竹の子、赤万願寺、蕨

  和え物

 帆立三つ葉の酢味噌和え

  御飯

 白魚御飯、ゆかり

  香の物

  留碗

 味噌汁 

 

 <水菓子>

 

 ここまで書いて、そろそろ眠くなってきた。4時間前に摂取した二種類の日本酒が効いているのかもしれない。新潟の今代司、京都伏見の秋本は、微炭酸の日本酒。どちらもやや辛口。機内では気圧が低くなる関係で、すっきりめが好まれるらしい。たしかに、甘ったるい日本酒は好まれないだろう。

 食事をしながら、村田さんの料理解説になった(わたしとの個人的な会話も含んでいる)。

 

1.高度3万フィートの食事

 機内では、料理の材料は5℃にキープされている。食事の直前、15分前に温めることに。なので、料理はやや冷たいままで提供されることがふつうになる。気圧の関係で人間の味覚は鈍感になるらしい。そこで、塩分や甘みはやや強めにする。すなわち、機内食は濃い目の味付けになる。

 一般にふつうよりは量が食べられない。そこで、今回のリニューアルでは、量目とカロリーを控えめにしている。それでも、和食はまだいいほうで、(料理を指して)全部を食べても600Kcal。洋食だと一品で1000Kcal(ハンバーガー)ということもある。和食が世界的に好まれる理由はこの辺にある。

 

2.菊乃井の本店と和食

 いまや京都の本店には、外国人シェフ(見習い)が5人も来ている。フランスなど欧米から4人、韓国から1人。外国人が日本料理を学ぶのは、世界の料理人が和食の「旨み」(うまみ)を知り始めたからだ。甘い、酸っぱい、苦い、塩辛いの四大要素にプラスそて、旨みの存在に気が付いた。

 世界中の有名なシェフで、いまや昆布だしを使わない料理人はいない。鰹節も同様。ただし、鰹節は輸出できないので、その国で工夫している。例えば、北欧では、トナカイ節?(本当かいな?と耳を疑った。)

 

3.メニューの翻訳

 上記の「お品書き」も、シンガポール航空は、英語に翻訳している。しかし、フランス料理のメニューを読んでも日本人がよくわからないように、外国人が和食のメニューを理解することは困難だろう(村田シェフのジョーク、「タラの精巣をポン酢で食する」を翻訳しても気持ちが悪いだけでしょう」に、会場からは笑い声)。

 1万メートルの上空では、お湯が60℃で沸騰してしまう。味噌汁は、日本人はふつう、80℃くらいでおいしいと感じる。だから、機内で飲むときには工夫が必要。たしかに、わたしも山登りでこれと同じ経験したことがある。

 人間は年をとると、子供のときに慣れ親しんだ味に戻っていく。村田さんは、食育の必要性を訴えていた。ちなみに、和食の基本は、御飯とお新香と味噌汁だそうです。わたしも、このごろ、食の原点に回帰している気がする。

 

 その他、いろいろありましたが、贅沢な食事でした。いつもはエコノミーなので、こんな贅沢な食事はうらやましい限りでした。

 なお、試食会の最後に、村田シェフが参加者の皆さんにあいさつしていました。その〆の言葉が印象的だったので紹介します。

 

 「かつて機内食はがまんして食べるものでした。20年前にシンガポール航空が一流のシェフを組織して、機内食を美味しくする試みをしていなければと考えます。おそらくいまだに、エアラインの食事は不味いままだったのではないでしょうか。」

 シンガポール航空の動きを見て、他社も機内食を改善することで追随するようになった。その結果、世界中のエアラインで機内食は美味しくなった。

 「それがSQの貢献だったとすると、この後はぜひとも、(わたしに)エコノミーの機内食を任せてほしいです」(村田シェフ)