ホビー文化の成熟度と海外進出: ある鉄道模型メーカー社長の中国消費文化観

 先週の金曜日(11月25日)に、東京都葛飾区にある「タカラトミー」の子会社を訪問した。鉄道模型(TOMIXブランド)のトップメーカー「トミーテック」である。院生の岩崎一彦くんが、プロジェクト研究で「鉄道模型の中国での販売事業」を検討しているので、その指導の一環である。

 「トミーテック」の岩附美智夫社長との面談は、親会社の「タカラトミー」でコーポレートコミュニケーション部長をしている菅谷さんに仲介していただいた。
 菅谷部長には、1999年に刊行した拙著『当世ブランド物語』(誠文堂新光社)で、子供向けのブランドのひとつとして「プラレール」を取り上げたときに、担当者とのインタビューをアレンジしていただいた。そのときのご縁である。
 当時は、トミーの女性広報担当課長さんだったと記憶している。合併後は、広報部長に昇格されていたのだった。お願いを聞き入れていただいただけではなく、立石にある本社で岩附社長とのインタビューにも同席していただいた。
 まだまだお若く見えるのだが、インタビューに入るときに、「年がわかってしまいますわね」と、岩附社長に向かって、テレ笑いをされていた。あれから、もう12年が経過していたのだ。
 
 本題に移ることにする。
 大学院生の岩崎君(元セイコー社員、中国事業担当者)が知りたかったのは、
(1)「TOMIXブランド」(鉄道模型のNゲージなど)を抱えている「タカラトミー」(模型事業は子会社の「トミーテック」が運営)が、中国のホビー市場をどのように見ているのか?
(2)「TOMIX」(大人向けの鉄道模型)を中国で販売する計画を持っているかどうか
であった。
 ちなみに、岩崎君が調べたところによると、大人向け鉄道模型市場は、国内市場は約100億円(小売りベース)である。トップのTOMIXが60億円、二番手のKATOが30億円、その他数社が10億円と推定されている。

 岩崎君は、面談のあとに、岩附社長宛てにメールを書いている。インタビューのポイントを明確に知ることができるので、彼のメールをそのまま引用する。

 「岩附社長殿 (前略) 普通では知ることが出来ない、大変貴重なお話を伺うことができ、本当に勉強になりました。特に、大人向けホビー(マニア向け玩具)のマーケティングというのは、その国の人種的特徴や気質、文化的背景、産業や経済的背景に至るまで、実に複雑な要素を多面的に分析することが不可欠であることを学びました。(後略)」(岩崎君のメールから抜粋)。

 中国市場(中国人の消費行動)に対する、トミーテックの岩附社長の見解は明快だった。
 「プラレール」のような大衆向けの一般消費財と、「TOMIX」のようなマニア向けの趣味嗜好品は、マーケティングのやり方が異なる。そもそも、「Nゲージ」のような大人向けの精巧な鉄道模型は、「モノづくりの文化」が存在していないところ(中国)では市場が生まれない。そして、マニアの消費者を育てることが難しい。
 中国の鉄道技術は、(偏見と言われようが)商品を作り込む技術の上には成立していない。新幹線を見ても、基本的には、他の先進国(ドイツや日本や米国)からのコピー技術で成り立っている。進出先の国に、設計・製造段階から製品を作りこむ技術があって、そのうえで消費文化が育っていく。
 ホビー文化とそれを楽しむマニア層(消費者)は、自国(中国)で製品(鉄道車両)を製造する独自の技術がないと育たない。たとえば、日本ではゼロ戦以外に航空機のホビー市場は育っていないではないか。
 現在の中国には、日本やドイツのような「モノを作る文化」が存在していない。だから、見せびらかしのために商品を買い求める富裕層はいても、一般消費者向けの趣味嗜好品の市場を創り出すのはむずかしいのではないのか。高額品としては売れるかもしれないが、いまの中国を見ていると、この先も10年くらいは、ホビー文化が生まれそうにない。しばらくは、モノづくりの伝統が醸成される気配がないからだ。
 岩附社長の結論は、次のように続く。「13億人の人口を擁するからと言って、中国で大人向けの鉄道模型を販売するのはきびしい」。そのように考えを表明されていた。

 ブログをお読みになっている読者は、トミーテックの岩附社長の考え方に100%同意されるだろうか?わたしもかなりの程度、現在の事業を運営している経営者としての説明は正しいのだろうと思う。しかし、本件に関して、わたしは少し違った見方をしている。

 岩附社長の考え方は、納得的な説明ではある。正しいのだが、あくまでもそれは原則論である。換言すると、「モノづくり文化の土台論」である。しかし、原則論に対して、マニアの出現率を重視する文化を超えた「確率論」もあるのではないかと主張したい。
 モノづくりの技術とホビー文化の普及は、確かに高い相関がある。経済行為としてみても、それぞれが連動している。しかし、経済成長で所得水準が高まれば、ある一定比率で、マニアックな消費者(コレクションや内省的な楽しみ方)は生まれるはずである。この考え方を、「マニア(消費者)の出現率仮説」と呼ぶことにしよう。
 それは、当該国の技術水準を反映していると考えるのが、岩附社長の原理主義的な考え方である。わたしは、その国の経済力が高まれば、確率的にホビーを楽しむ消費者層は生まれうると考える。岩附社長や菅谷部長には、以下のような根拠を話してみた。あまり説得的ではなかったようだが。

 「ランナーズ」(現在は、RBS)を興した橋本治朗社長から伺った話である。
 世界を見渡してみると、一年間でフルマラソン(42.195KM)を完走する人(ある種のマニア層)の割合は、どの国でも人口の一定比率はいるものだ。最高が1%程度(百人にひとり)で、市民ランナーが参加できるレースさえあれば、最低でも0.1%(千人にひとり)程度はいる。
 たとえば、日本国内では沖縄が最高水準で1%で、東京マラソン以来のマラソンブームにも関わらず、グローバルにみれば、日本はまだ出現率の数値は低いのだそうだ。
 ここで、「レースの開催」に対応しているのが、「経済の発展段階」である。「鉄道マニアの出現率」が、「フルマラソンの参加完走率」に対応している。国や文化が異なっても、確率的に、マニアは一定比率では出現するのである。
 とすると、中国も経済が発展してくれば、何らかの形で、「鉄道文化」は生まれるはずである。少なくとも、「乗り鉄」や「撮り鉄」は、かなりの数は市場として生まれるだろう。そして、モノづくりの文化のあるなしに関わらず、一定比率で鉄道模型のマニア層は出現する可能性が高い。
 日本に比べて人口が10倍はあるのだから、橋本社長のマラソンの比喩を引用するまでもなく、確率が10分の一でも、同規模のマニアックな消費市場が生まれる可能性がある。

 さて、ブログの読者はどのようにお考えになるだろうか。岩附派か、小川派か。どちらに組みしますか?
 あなたならば、岩崎君のように中国の鉄道模型市場に将来性を感じますか。それとも、岩附社長のように、中国鉄道模型市場への進出は、時期尚早と判断するだろうか?