アベノミクスのはじまり(2012年)から昨年までの13年間、わたし個人の株式取引は総じて好調だった。年間を通して赤字だったのは、コロナ禍の2022年と2017年の2年間だけである。だからといって、この期間における日本経済のパフォーマンスが決して良かったわけではない。
金持ちはさらに豊かになり、一般庶民は賃金が上昇せずに窮乏化している。可処分所得の平均値の偏りが小さい言われている日本でも、徐々に二極化が進んできている。そして、失われた35年の最後の3分の一では、鬱々とした気持ちで過ごした人々が過半数だっただろう。
一人当たりGDPでも、日本は欧米先進国だけではなく、アジアの新興国(シンガポールや韓国)に抜かれる体たらくだった。日本の何がいけなかったのか?
データで見ると明らかなように、製造業のソニーやトヨタ、小売業のユニクロやニトリのような例外を除いて、新しい産業や業態の勃興にこの間はほとんど恵まれていない。米中の製造業やITサービス業は、生産性向上の点では抜きんでいた。わが日本は、狙い通りに顕著な生産性向上が達成できなかった。
いま筆者が住んでいる下町の町工場も疲弊している。コロナ禍で日本国や東京都から借りた借金が返済できず、創業100年を超えた老舗の飲食店が、あえなく倒産している。SNSや新聞を見ていると、ほぼ毎週のように、人手不足で廃業に追い込まれている中小企業の事例が後を絶たない。
日本の停滞の主たる原因は、政治の無策が決定的な要因だったと誰しもが思っているだろう。しかし、ここは権威主義の国ではない。選挙で選ばれた人たちが、責任をもって執行する民主主義の国である。わたしたち市民は、国政でも地方議会でも、選挙で議員を選ぶ権利を持っている。国の方向を変えるチャンスは何度もあったはずだ。
国政を変えることができなかった責任は、わたしたち市民の側にある。昨年の暮れに、少数与党の自民党が、高市総理を選んだときの背景には、一般市民の自民党員が高市候補を推したからだった。失われた35年の反省の結果が、日本の政治において初めての女性総理の誕生をもたらしたのである。
わたし個人は、政治的にはどちらかのいうと右寄りの人間である。保守的な政治志向を持っている。しかし、この間の国政選挙では、何度か迷いながらも投票行動において宗旨替えをしたことがあった。それは繰り返して何度か、前回の衆議院選挙まで続いた。
なぜなら、保守政党に投票すべき議員がいなかったからである。東京下町に住んでいると、あまりにも2世議員が多すぎる。そのことで結果的に、自身の投票行動は自分が思った通りにはならない。生まれ故郷の秋田から出てきた菅元首相や、奈良出身で苦労人の高市総理のような人材は、ここ下町にはいない。族議員と二世議員ばかりだ。
能力的に劣る議員たちに、長きに渡ってこの国の舵取りを任せてきたのは、それでもわたしたち一般市民の責任である。しかし、昨年来、明らかに風向きが変わり始めている。高市政権の誕生は、一般庶民の願望として、国の長期低迷に終止符を打ちたいという託宣の表れである。
このタイミングを逃すと、日本の社会経済の再興は金輪際、永遠に叶わないことになる。積極財政の主張やガソリン減税などが、直近の株価上昇を牽引しているのはまちがいない。企業の業績は漸進的に良くなってはいるが、それは株価の上昇率よりは緩やかな上昇である。実態は20~30%も業績が好転しているほどではない。
昨年10月以来、3か月間は継続している株価急騰は、現執行部への期待を織り込んだ上昇である。この先は、しかしながら予断は許さない。それでも、明るい兆しはあるようにも思う。来週明けにもそれは明らかになるだろう。政策金利が抑え込まれてきた状況が、そろそろと反転するからだ。
一度戻りかけて、ここ5年間ほど続いてきた円ドル相場は逆転するだろう。中間選挙を控えた米国のトランプ政権も、政策金利を抑え込む方には強い動機がある。日本国内では、高市ー植田ラインが、おそらく米国と逆向きの行動を取ることになるだろう。
解散総選挙で、一部の野党が連携することになったが、高市トレードに基調的な変化は起こらないだろう。多くの市民は、この先を見据えて、三か月間の流れを変えるように動くとは思えないからだ。与野党の戦いは、この国の希望を巡る最終戦である。
どちらが勝利するのか? 世界の国々は、とりわけ米中の2Gは、ほぼ一か月先の結末をじっと目を凝らして眺めている。日本国内の戦いは、米中の代理戦争でもあるからだ。直近の株式市場の動きは、その行く末を占う指標である。
1月18日、明日の株式市場がどちらに振れるのか? 日本国内からだけでなく、海外からの投機資金が上下どちらに動くのかを注視してみたい。日経ダウの先物は、売り買いのどちらをいま指し示しているのだろうか?


コメント