【学生感想文】嶋 浩一郎 、松井 剛著『欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング』集英社新書

 読書感想文優秀者2名を掲載する。


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『欲望する「ことば」』を読んで  4年 松山 真理子

 本書「欲望する『ことば』」は、社会記号が生まれるプロセスや私たちの生活にどう影響を与えるかを解き明かしている。また、ただのコミュニケーション機能を果たすだけでなく、特性を理解して上手に使いこなすことで商機としての役割も持つ「ことば」への理解を深めることができる著書である。
 その中でも、社会記号はメディアに流通することでマーケティングと密接に関わっているということが大変興味深かった。

 そもそも社会記号とは、誕生時は辞書に載っていないが社会的に知られるようになり一般的に使用されるようになった言葉のことだ。社会記号はある特定のブランドと結びつきやすい性格を持ち、そこにはメディアの特性が大きく関係しているという。その特性とは、メディアは常に新しい現象を報じたいと思いその裏付けとなる具体例を探していることだ。
 「おひとりさま」がブランドにつながる事例でより詳しく説明できる。「おひとりさま」ということばは、ジャーナリストの岩下久美子さんが定義し、それにメディアが興味を持ち後追い報道をすることで定着した社会記号である。後追い報道をするためにメディアは客観的な「事実」が裏付けとして必要で、具体的におひとりさま向けのサービスや商品を提供している企業を取材し現場の証言を得ようとする。これがブランドと結びつくきっかけなのだ。
 
 この流れを企業の視点で考えると、自社の特定商品を社会記号と結びつけることはメディアに取り上げてもらう可能性を高めることであり、有利な戦略を展開することにつながる。つまりこれが、社会記号はメディアに流通することでマーケティングと密接に関わるということなのである。

 私は三越日本橋本店でアルバイトをしている。2017年2月24日から始まった「プレミアムフライデー」で上記の内容によく当てはまるなと実感した経験がある。三越日本橋本店内のあらゆるテナントは、「プレミアムフライデー」の日には特別イベントや特典、割引などの実施をするようになった。開始前には「プレミアムフライデー」にちなんだ事前イベントを報道陣に公開し、消費者向けイベントのダイジェストでジャズ演奏のほかビールをふるまい、華やかな雰囲気を演出した。浅賀誠店長は「モノ、コト、イベント、体験を紹介していく」と抱負を語ったそうだ。
 このような社会記号と結びつけたより多くの集客を狙った戦略はイベントの成果もあってか、開始前に多くのメディアから取り上げられた。実際に働いていても、当日の三越全体はお客様でとても賑わい、私の働く飲食店の売上も休日並みかそれ以上にまで達した。
 
 本書には「女子会プラン」で成功を収めたモンテローザがそれを独占しなかった、という話もある。業界の多くの居酒屋が同様のプランを提供するほうが、全体のパイが広がり結果的に自社に利益をもたらすと判断したからである。
 三越日本橋本店でも、似た事を行っていた。それは、三井不動産や野村不動産、日本橋高島屋、大丸東京店などと連携をとって日本橋エリア全体を盛り上げる「プレミアムフライデー in 日本橋」を2月24日から3日間開催したことだ。三越日本橋本店では約50の企画、三越銀座店では約20の企画が用意された。日本百貨店協会会長兼三越・伊勢丹ホールディングス代表取締役社長の大西洋さんは、「個人的な意見だが、1日で本質的な消費喚起ができるとは思っていない。継続して価値のあるものや新しい提案を行わないと。『プレミアムフライデー』で新しい提案をして、それを認知して頂くことが大事」とコメントし、消費喚起を目的とした「プレミアムフライデー」に貢献した。

 このようにマーケティングの手段としての「ことば」、つまり社会記号は私たちの生活に深く関わっている。そしてそれは、人々の消費行動を促すことにつながり生産者としては役に立つ手段だ。
 しかし、消費者として考えた時にこの戦略に振り回され無駄な消費行動を取ってしまうことは賢明ではない。今までの課題図書である『賞味期限のウソ』や『誰がアパレルを殺すのか』でも学んだ、フードロスの実態や大量消費がもたらした非合理的なモノ作りは、冷静な判断に欠けた消費者の責任も大きい。
 本書の最後のページに 「ことばを利用するのも、ことばに踊らされるのも、ことばをつくり出すのも、同じ人間です。」という一文がある。消費者である以上、ことばに踊らされないようにしなければならないが、だからと言って財布の紐を緩めないというわけではなく、社会記号を参考に自分に合った消費行動をすることが大切だと感じた。

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『欲望する「ことば」』を読んで  4年 大川 真奈

 生まれてから常に私たちの身の回りにある「ことば」。普段何気なく使っている「ことば」が社会記号となり、新しい文化や市場を生み出している。そして、日々新語が生まれていく中で定着し、いつの間にか生活に溶け込んでいる社会記号。実際私も、知らず知らずのうちに社会記号を、昔から慣れ親しんでいたことばのように使っていることに気づかされた。
 以下、社会記号がどのように発見され、私たちの生活の中に入り込んでいくのかを読み解きながら、ことばの秘密に触れていこうと思う。

第二章 「いかに社会記号は発見されるか」
 正直、本書を読む前は、社会記号と呼ばれることばは、メディアを通じて誰かが作って流行らせているものだろうと思っていたが、それは違った。人々の“欲望”が、社会記号の発見に大きく反映されていたのだ。ただ欲望といっても、人々の心に眠る、ことばにできずにいる欲望である。そこには、人間が実は不器用で、何を欲しているか自覚的ではない、という性質が隠されていた。そして人間の欲望は言語化できないにも関わらず、目の前に満たすものが現れたときに都合よく手を伸ばしてしまうという一面には、私も身に覚えがある。
 言語化できない分、人々の欲望を探すのは非常に難しい。一方で、テレビやネットよりも“雑誌”が社会記号を生み出すのが得意だということには驚かされた。雑誌は“読調”と呼ばれる市場調査によって、読者からリアルな声を聞いている。真剣に読者と向き合っているからこそ、変化を敏感に察知し、社会記号を生み出しやすいのだと感じた。
 私自身、ナチュラルローソン班で、ビックデータだけではニーズを汲み取ることが難しいと実感した。もちろんデータから、顧客がいつ、どこで、何を、買っているのかを分析することは大事である。しかし、実際に現場に足を運んで顧客の動向を観察したり、話を聞くことで、数値だけではわからなかった売り場の改善点や、ニーズを深く知ることができた。
 また、ヒアリングする中でも、人々の何気ない文句と違和感に敏感であることが、欲望発見とビジネスチャンスへ繋がっていく。
 このように人々の声に耳を傾け、行動をよく観察する事が、社会記号を発見するうえで重要であることがわかった。

第四章 「メディアが社会記号とブランドを結びつける」
 存在を知られることなく、社会記号未満として消えていくことばは多くある。つまり、社会記号として世の中をダイナミックに動かすことは容易ではないのだ。私達の生活に社会記号が浸透し、市場を動かすには、メディアと企業の関係性が重要である。社会記号とある特定のブランドが結び付き、メディアによって報道されると、あっという間に私たちの生活の中に浸透する。
 特に印象的に感じたのが、今や私たちの生活に馴染んでいる「おひとりさま」という社会記号。おひとりさまが浸透することで、ひとり○○という言葉が多く生まれた。本書では、ひとりラーメンが楽しめる“一蘭”や、ひとり旅のニーズに応えたプランを提供する“フォーシーズンズホテル椿山壮東京”が紹介されている。その他、私が一番身近に感じるおひとりさま向けサービスは、ひとり焼肉やひとりカラオケである。ひとりでゆっくり楽しめるように、カウンター席を多く設置する焼肉屋や、ワンカラというひとりカラオケ専門店も生まれた。
 社会記号によって市場が創造されただけでなく、「女子会」や「おひとりさま」といった以前は抵抗があったことへのハードルを下げる力がある、つまり価値観も変化させているのだ。

 本書を読み終え、ことばの影響力というものを実感させられた。社会記号にはネガティブなイメージを払拭できる力をもつ一方で、もともとポジティだった見方も抹消されるリスクもある。二者択一や安易なカテゴライズに惑わされて思考停止に陥るのは避けたいと感じるとともに、ことばとの向き合い方を考え直さなければ、と感じさせてくれた一冊である。