計画的偶発性理論

 一昨日のお昼ごろ、大学院生の山田直樹君を「(株)マイファーム」(本社:京都市)の西辻一真社長に引き合わせるため、三田にある東京事務所を訪問した。山田君の卒業研究は、簡単に言えば、「経営理念を社内に浸透させるため、会社法が許す範囲でユニークな定款や役員構成を創る」という類のもの。

 西辻さんと山田君の面談は30分ほどで無事に終わった。この先、山田君の卒業研究(プロジェクト)に、マイファームが会社として協力してくれることになった。上場を控えているので、実施までいくには何かとむずかしいところもあるようだが、第一段階は突破できたようだ。

 ところで、マイファームは、ベンチャー系の中堅企業が入居しているビルの5階に入居している。近くには、慶応大学のキャンパスがある。このビルは、内装がクラシックモダンだ。素敵なつくり。ほぼ同時に事務所に到達した西辻君に向かって、年甲斐もなく、「この事務所、素敵!」と思わず言ってしまった。
 室内には、本やグリーンが置いてあって、ゆったりとしたレイアウトの事務所からは、慶応大学の三田キャンパスを自分の庭園のように眺めることができる。すてきな借景になっている。こんなところで仕事がしてみたい!

 

 そんなことを想いながら、山田君とふたりで大学に戻るため、都営の三田駅に向かった。マイファームの事務所からJR田町駅に向かう途中に、三田駅の地下改札階に降りていくエレベーターがある。
 山田君と小柄なおばさんと、若いビジネスマンとわたしの4人が、そのエレベーターに乗り込んだ。微妙な沈黙。ドアが静かに閉じかけていた。その瞬間、慶応大学のキャンパス方面から、リュックを背負った若者が現れた。その彼は、エレベーターの地上入り口に向かって歩いてきた。
 年のころは30歳くらい。タイミング的に、自分はエレベーターに乗れないと思っていたにちがいない。その様子を見ていた山田君が、閉じかけたドアの扉の隙間に素早く手を差し入れた。ドアは開いて、若者はエレベーターに乗ることができた。乗員は5人になった。

 

 「こんなとき、ほとんどは乗れなくなるんですよね。50%以下の確率で、ラッキーでしたね!」とわたしは若者の幸運を祝福した。すると、一緒に乗っていたおばさんが、わたしの言葉に反応して、「えっ、そんなに(確率が)低いのですか?」と。
 別に根拠となるデータがあるわけではない。しかし、たいていは乗り込む人があきらめるか、エレベーターの中にいるひとが、「開ける」のボタンをあえて押すことはない。しかも、山田君は操作パネルの近くにいたわけでもない。一瞬の判断で、若者のために閉じかけたドアに手を挟んであげたのだった。
 わたしは山田君にむかって、「利他の精神よね」とその優しい行動を祝福した。その若者は、にこりと笑って、わたしたちに一礼をした。その場にいた全員がいい気分になったと思う。

 

 若者とは、縁があったのだろう。わたしたち三人は、都営の三田駅に向かって一緒に階段を降りた。一瞬わたしは、この若者に“研究者のにおい”をかぎとった。「慶応の大学院生では?」と思ったので、彼に名刺を差し出した。
 「法政大学経営大学院教授 小川孔輔」。返礼に戻ってきた名刺には、「武蔵野大学講師 新作慶明」と書いてあった。
 「大学で講師をしています。慶応でも教えているのですが、もとは東大のインテツです」。インテツとは、東大文学部のインド哲学のことだ。たくさんの有名な学者を輩出している学科だ。やはり、ドアが開いたあの瞬間は、仏教哲学とつながっていた。利他の精神とは無縁ではなかったのだ。

 ドアが閉まりかける瞬間から若者に名刺を差し出すところまで、わたしの一連の行為を横で見ていた山田君は、驚いた様子だった。帰りの電車で、わたしの顔をまじまじと眺めていた。「そうやって、人とのつながりを作るのですね」と山田君。しかし、こうした人との関わり方は、わたしにとっては日常的なことだ。世界はいつも開かれているのだから、、、

 

 翌日の午後(つまり昨日のこと)に、大学院で集団指導のゼミがあった。山田君は、ゼミの指導をしてくれている平石郁生教授に、授業の開始前の雑談タイムに、三田駅でのわたしの行動を事細かに説明してくれた。「まるで、映画の一シーンを見ているようでした。昨夜は興奮のあまり眠れなかったのです」と。それこそ興奮した様子で平石さんに話していた。
 平石さんは、「小川先生は、そうなんです。ちょっと人との関わり方がちがうんです」と。山田君に向かって、わたしの行動傾向を説明する理論を示してくれた。

 同僚の大久保あかね先生(日大短期大学@三島)から教えてもらったという「計画的偶発性理論」である(Wikipediaから引用)。

 

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「計画的偶発性理論」

 

 計画された偶発性理論(英語: Planned Happenstance Theory)とは、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提案したキャリア論に関する考え方。

 個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される。その偶然を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものにしていこうという考え方。

 

行動特性[編集]
 その計画された偶発性は以下の行動特性を持っている人に起こりやすいと考えられる。

 1.好奇心[Curiosity]
 2.持続性[Persistence]
 3.柔軟性[Flexibility]
 4.楽観性[Optimism]
 5.冒険心[Risk Taking]

 

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 わたしの場合は、これに、「Open Mind」(外に向かって開かれた心)が加わるように思う。だから、偶発的な出来事から人とのネットワークが広がっていく。結局は幸運が舞い込むことになるのだが、ラッキーは偶然に起こるわけではない。
 つまるところは、確率論なのだ。幸運が起こる確率を高める努力とそのための準備をしているかどうか。分かれ道は心構えにある。そのための行動特性が、上記のリスト項目(5つの特性)である。

 

 

追記:さきほど、新作さんにメールを書いた。近著『True North リーダーたちの羅針盤』(生産性出版)を大学の住所に送らせていただきました、というメールである。