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【シリーズ:農と食のイノベーション(第21回)】 「坂ノ途中(下):海ノ向こうの途上国を支援する」『食品商業』2020年5月号
 商業界の破綻により、『食品商業』で毎月連載してきた「農と食のイノベーション」が20回で中断している。復刊の可能性もないわけではないが、21回目の原稿はゲラの直前まで進行していた。読者のために、「坂ノ途中(下)」を本ブログで公開することにした。
   
「坂ノ途中(下):海ノ向こうの途上国を支援する」
『食品商業』2020年5月号(連載21回:「農と食のイノベーション」) V3:20200327
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院・教授)                 
 <リード文>
 京都はどこかで世界と深くつながっている町です。世界中の国々からたくさんのひとが訪れる国際文化都市ですが、観光地として繁栄しているだけではありません。京セラ、オムロン、ワコール、村田製作所など、ビジネスの面でも国際化が進んでいます。そんなわけで、京都を拠点にして小さな野菜の卸販売会社を経営している小野邦彦さんが、海外事業に乗り出していることも特段に不思議なことではありません。
 <ウガンダのゴマ栽培プロジェクト>
 4年前のある日、京都市西九条にある坂ノ途中の直営店を訪問しました。店名は、「坂ノ途中soil」。近鉄京都線の東寺駅から歩いて3分の場所にある、間口が2軒の小さな八百屋さんでした。掃除が行き届いた店内には、オーガニックの野菜に混じって、切り干し大根やリンゴジャムなど特徴のある加工品が色鮮やかにディスプレイされていました。
 自宅用に有機野菜と加工品を買い込んだ後で、奥の陳列棚にビン詰のゴマ油を見つけました。店長さんに伺うと、「ウガンダでオーガニックで栽培したゴマを、日本に輸入し加工して販売しています」との説明でした。持ち帰って自宅で餃子を焼くときに使ってみましたが、ゴマ油は香ばしい匂いのする純度が高い商品でした。
 後日、小野さんからウガンダで始まったゴマ栽培のことを伺うことになります。創業から3年が経過した2012年、小野さんは「世界経済フォーラム」の東アジア会議(バンコク)に若手経営者の日本代表に選ばれて参加します。「小さな農業者を支援する会社を経営しています」と言っても、取り組んでいる仕事の意義を日本では理解してもらえません。*1
 
 そんなもどかしさを感じていた小野さんですが、「小規模農業をいかに奨励していくか」というテーマのセッションに参加したところ、「小規模な農地で農業を続け、地域の資源循環を維持していくことも大切だという発想が東南アジアでは支持されている」ことを知ります。そして、世界中から集まったエライ人たち(ダボス会議のシニアメンバー)に背中を押され、小野さんは海外での事業展開に目を向けることになります。
 そこで始まったのが、ウガンダのゴマ栽培プロジェクトでした。プロジェクトを担当することになる大学の文化人類学研究室の後輩と、アフリカの気候にあった農産物で土に負担をかけずに栽培できる作物を探しました。そして選んだのが、乾燥に強いゴマでした。販売先として日本のゴマ油会社に協力をもらい、生産者の組織化を現地のマイクロファイナンス会社に担ってもらうことができました。最終的には、JETROの開発輸入企画事業に応募して委託事業に採択されます。現在、ウガンダのプロジェクトは坂ノ途中の事業から独立していますが、ゴマ油やシアバターの加工品の一部を坂ノ途中が国内で販売しています。
  
 <森の木陰でコーヒーを栽培するプロジェクト>
 ウガンダのプロジェクトが手離れした2016年、小野さんは、森の中でコーヒーの木を育てるプロジェクトを立ちあげます。最初にはじめた場所は、ラオス北部の山間地ルアンパパーンでした。
 コーヒーは、途上国にとって重要な換金作物です。コロンビアやベトナム、エチオピア、ケニアなどコーヒーを栽培している熱帯高地をわたしも何度か訪問したことがあります。ふつうは露地の畑や斜面で育てるものですが、小野さんたちが採用した栽培方法は少し変わっています。森林の中でコーヒーの木を育てるという「アグロフォレストリー」(森林農業)という栽培方法です。*2
 途上国の農民は、経済的に余裕がないので森林を燃やして化学肥料の代わりとします。しかし、焼き畑農業を続けていると生態系が破壊されていきます。環境破壊を防ぐために開発されたのが、森の中にコーヒーの木を植えていく方法でした。木陰で育ったコーヒーは品質が良いのだそうです。しかし、事業として継続できるためには、ある程度の値段で引き取ってくれる販売先を見つける必要があります。
 小野さんたちは、途上国で現地パートナー企業と提携することでこの困難を乗り越えようとしました。ラオスのつぎに進出したミャンマーでは、現地の有力な社会起業家の会社と提携しています。森林農法で作ったコーヒーの豆を発酵・乾燥させ、高品質のコーヒーを作ることに成功したのです。
  
 <スペシャルティコーヒーの販路を拓く>
 せっかくの美味しいコーヒー豆ですが、流通チャネルは旧態依然としています。複雑な流通経路で商社などが販売すると、コーヒー豆は二束三文の値段にしかなりません。たとえば、大手商社などに卸すような一般流通のコーヒー豆では、農家の手取り収入はわずか1〜2ドル/kgです。しかし、坂ノ途中が取り扱うコーヒー豆の場合、農家の手取りは、その数倍程度になります。ただし、品質が良くて美味しくなければ、この値段では売れません。
 販売方法の工夫も必要です。コーヒー豆の来歴を日本の消費者に伝えることです。コーヒーの誕生物語に加えて、取引業者を現地に連れていくことも重要です。コーヒーが森の木陰で栽培されるめずらしい様子を実際に見てもらい、産地(村)の豆を丸ごと購入してもらう「ビレッジロット」という契約形態を目指します。
 小野さんのプロジェクトに賛同してくれた一人に、神戸のコーヒー焙煎会社「LANDMADE」の上野真人代表がいます。上野さんは、ミャンマーのある村を支援してくれています。さらに自発的に、「one cup, one tree」(一杯400円のコーヒーに対してコーヒーの苗木20円を村に寄付する取り組み)を提唱してくれています。現地の若者から聞いた話に感動したからです。10年間、この若者が森林農法でコーヒーの木を育てていたら、焼き畑農業で消えた湧き水が戻ってきたという話に感激したことがきっかけでした。
   
 <新規就農者向けプロジェクト>
 坂ノ途中は、未来に向けて意欲的なプロジェクトにも取り組んでいます。2013年には、「やまのあいだファーム」という有機農場を京都府亀岡市に拓きました。後継者難に悩む農業部門に必要とされる新規就農者を育てることに貢献しようというプロジェクトです。農業に興味をもった若者が、亀岡の農場で農業に触れ、そののち有機農業の知識と野菜の栽培技術を身につけ新規就農するケースが増えています。彼らは、坂ノ途中にとっても優秀な野菜の供給者になっています。
 なお、新規に就農を志す若者にとって、明るい兆しもあります。小野さんが事業をはじめた10年前は、新規就農者が借地をしようにも、狭くて条件が劣悪な土地ばかりでした。しかし状況は急激に変わりつつあります。就農者が条件の良い土地を借りて、経営規模拡大できるチャンスが増えています。最近では、意欲の高い就農者が地域の中核農家として頼られる存在になっています。
 小野さんのいまの最大の悩みは、自社の組織がこうした環境変化に追いついていけない状況にもどかしさを感じるようになったことです。「新規就農者が規模拡大できて、品質の高い農産物を供給してくれているのに、わたしたちの販売の仕組みがその変化についていけないんです」(小野さん)。
 技術をもった意欲的な農家ならば、年間で栽培規模を1.5倍から2倍に拡大することができます。土地が余っているからです。一方で、農産物に対する需要はそれほどのペースで伸びていません。坂ノ途中の取り扱い金額は、年率2桁で成長していますが、供給のポテンシャルはそれより大きいのです。
   
 自社の販売の伸びと生産者の意欲とのギャップにもどかしさを感じて、小野さんは事業拡大を決断しました。2016年と2019年の2回、総額8億円の資金調達を行いました。最初は、朝日放送やCCCなど事業会社を中心に2億円、2回目は京大のベンチャーファンドなどから6億円を集めて新規事業に投資していきます。
 そのひとつが、2016年に農水省の補助事業としてはじめた「Farm-O」(ファーモ)です。ファーモは、全国の有機農産物の生産者とバイヤーを結びつける取引プラットフォームです。試験運用から3年目ですが、年率30%の勢いで参加メンバーが増えています。取引額も伸びています。しかし、山のように課題がたくさんあります。
 「はじめて3年ですが、最大の問題は、成果が出るまでに時間がかかりそうなことです」(小野さん)。需要開拓に時間がかかるようです。長期的に成果を待ってもらえる投資先から資金を提供してもらっているのが幸運でした。社会性の高い事業に対して投資してくれたファンドですので、彼らは必ずしも短期的なリターンを求めているわけではありません。
 「でも、いつかは彼らとの約束は守らなければなりません」(小野さん)。そんなプレッシャーのなかで、小野さんはつぎなるプロジェクトに挑んでいます。今月(2020年4月)、京都の歴史的建造物(新風館)の中に、野菜(スープ)と本をテーマにした飲食店「OyOy」を開くことなっています。
  
 
<注>
*1  小野邦彦(2015)「第2章:新規就農と目指す持続可能な農業」、益貴大・小野邦彦・藤野直人『社会起業家が〈農〉を変 える:生産と消費をつなぐ新たなビジネス』ミネルヴァ書房、63〜184頁。
*2  「アグロフォレストリー」 とは、樹木を植栽し、樹間で家畜・農作物を飼育・栽培する農林業である。1970年代中期のカナダ国際開発研究センターの林学者ベネらが主導する思想的研究の中で誕生した。

 

| Kosuke Ogawa | 17:51 | - | - | pookmark |

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