ブログアップを忘れていた記事があった。昨年(2014年8月)、ゲストとして招かれて、『月刊ランナーズ』に登場したときの対談記事である。若い女性タレントのように、わたしの年齢が一才分だけ”さば”を読まれていた。懐かしいファイルからの転載になる。
ゲスト
小川孔輔さん(61歳)
法政大学経営大学院 教授
プロフィール
おがわ・こうすけ
法政大学経営大学院教授。日本フローラルマーケティング協会会長。MPSジャパン株式会社取締役。トヨタ自動車、味の素など、様々な一流企業のコンサルティングに携わる。45歳の時に走り始め、現在の月間走行距離は約150km。フルマラソンの自己ベストは3時間58分(10年東京)。1951年生まれ、秋田県出身
本文
中野
小川先生が取り上げられているランナーズのバックナンバーを読み、「大勢の人が掘り尽くした井戸を掘ってもなかなかトップにはなれない」という理論が私と一緒だと思いました。あと、ビジネスの世界では、規模は小さくても特定の人からのニーズがある市場のことを「ニッチ市場」と呼ぶことを初めて知りました。「王道はニッチから始まる」。
小川
それを方針としてずっとやってきました。人が思い浮かばないことをやらなければビジネスに勝つことはできないからです。たとえば私は法政大学のビジネススクールで教えていますが、入学してくる生徒(社会人大学院生)の質は、私立の上位校と比べるとやや劣ります。普通に戦ってしまうと勝つのが難しい。ならば通常、2年で習得するカリキュラムを1年に詰め込もう、と考えて出来たのが、日本で初めての1年制のビジネススクールです(通常のビジネススクールは2年制)。
中野
帝京大学の駅伝競走部は、設立100年を超えるような伝統のある大学と比べるとまだまだ人気は低く、悔しいですが高校時代に高い実績を上げた選手が入学を希望することはありません。つまり、大学に入学してから伸びそうな選手を見つけることが不可欠です。ただ、そのような選手は能力そのものが低いわけではなく、それまで十分に力を発揮できる場所がなかっただけ。(入学した選手に対して)意欲に満ち溢れる言葉を投げかけるなど、力を発揮できる環境を与えることが大事です。
小川
市場を大きくするためにはお金を集めて、従業員が高い意欲を持って働くことのできる場所を用意することが重要なので、それと全く一緒です。だから、会社が儲かったら、職場環境を良くするためにお金を使います。中野先生は箱根駅伝でも「つなぎの区間」と言われる7区にエースを配置するなど、他校にはない作戦を練っていますね。
中野
往路(1~5区)で上位に入ることが難しいうちの大学の場合、7区で目標ラインが見えるところまで順位を押し上げなければ、最後まで勝負できないからです。7区は後半の勝負をかけるためのスタートと捉えています。2014年の箱根駅伝ではユニバーシアード(学生の陸上競技の世界大会)のハーフマラソンで入賞した経験を持つ蛯名聡勝という選手を7区に起用しました(総合8位)。
小川
奇策をどんどん打って出る。
中野
ただ、決してギャンブルではないですよね。勝てる根拠はある。
小川
他人から見ると「奇策」であるだけですね。
中野
もし、今の作戦が他大学にマネされたら次なる井戸を掘る。その繰り返しで箱根駅伝を戦っていくのだと思います。小川先生はなぜ、育つ市場を見つけられるのでしょうか?
小川
好奇心があるからです。専門領域以外のことにも興味を示すことで、様々な人の流れが見えてきて、観察力が養われます。
中野
私も実業団のコーチをしていた時に「企業の倒産」と「陸上競技部の廃部」を経験。その後にハローワークに通ったり、特別支援学級の教員になったことが「方法論を教えるのではなく、選手自身が成長するためのアドバイスをする」という今の指導法を確立するキッカケとなりました。周囲からは、(倒産や廃部になり)「運がない」と言われることがあるのですが、マイナスと捉えられがちな出来事にこそチャンスがあると思っています。
小川
私も失敗だらけですが、失敗しても次に向けての練習だと考えているので「失敗」とは思いません。ビジネスの場合、1つ大きな成功があれば、9つ失敗しても問題ないのです。
中野
マラソンは好奇心を抱いていることのひとつですか?
小川
はい、マラソンにおける「人が思い浮かばないこと」は70歳までサブ4を維持して、全日本マラソンランキングの100位以内に入ることです。また、先日、アールビーズ社(弊社)の経営陣や編集の方と話をした時に「ハーフマラソンの1歳刻みランキングを作ってください」と提案しました。高齢者は次第にフルマラソンが走れなくなっていきますから。
飢えていなければ
成長はない
小川
どのような高校生が大学に入ってから伸びるのですか?
中野
スカウトする際に見極めているのは、速く走れるようになることに対して飢えているかどうかです。高校時代の陸上生活に満たされている選手は伸びません。そのため、スカウトする段階では高校の先生と話をするほか、女子の指導に携わっている人からの話も大事にしています。(女子の指導に携わっている人は)箱根駅伝と直接的に関わっているわけではないので、本音を聞けることが多いのです。
小川
飢えている、という点では研究や経営も一緒です。20代、30代で成功しても40代になってから伸びなくなる研究者や経営者がたくさんいるのは、30代までの実績に心が満たされていたり、自分というブランドを大事にするあまり組織のことを第一に考えられなくなった結果です。
中野
自分自身の現役時代も飢えていました。競技で結果を残すとレースで色々な地域に行けるのが嬉しかった。
小川 私も今なお飢えています。これまでに本を42冊書いているのですが、自分が書いた本を積み上げた時の長さが166cm(小川先生の身長)にすることが目標です。そのためにはあと40~50冊書かなければなりません。
中野 私はよく「子どもみたい」と言われますが、小川先生もお若いですよね。
小川 私も「子どもみたい」と言われます。
スポーツには
すごい力がある
中野
大学院生を指導する時に意識していることはありますか?
小川
目標を具体的に提示することです。たとえば論文のゴールまでの工程表を必ず作らせます。到達点が明確にならなければ、学生は動きません。これは私自身のマラソンにも言えることで「いつまでに47都道府県全てのレースを走る」「フルマラソンの記録を1年に15分ずつ短縮する」など、とにかく具体的な目標を出しています。あと、学生にはゴールを設定しているけど、それが終わりではない、ということをよく言います。メンタルが弱い学生は「これが最後のチャンスだ」と思うと力を発揮することができないからです。仮に上手くいかなくても、チャンスはその先にもあることに気づかせてあげることが大事です。
中野
私も結果が悪くてもそれをステップに欲しいと思っています。大学を卒業してからも人生がありますから。
小川
最後に、箱根駅伝の人気はすごいです。団体競技ですが走る時は1人であるところに、見る人は感情移入するのではないか、と考えています。
中野
最近は私自身が学生の頑張りに感動します。箱根駅伝の当日は監督車に乗っているため、この日だけは選手の「後ろ姿」しか見られない。どんな苦しい顔をしているのかは分からないけど、一歩一歩から全身全霊をかけているのが伝わってくる。4年生が走り終えると「4年間よく頑張った」と心の底から思えます。
小川 多くの人が箱根駅伝に熱狂しています。批判する人もいるけど、東京オリンピック開催の影響力も大きい。スポーツにはすごい力があります。