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綾部は、グンゼ発祥の地で大本教の生まれ故郷
 海の京都の最終プレゼンで、綾部に行ってきた。発表会には、この仕事を依頼してくれた城福京都副知事をはじめ「海の京都DMO」の関係者、約40人が参加してくださった。東海道新幹線を乗り継いで、京都駅から福知山線で「特急きのさき19号」に乗り込む。綾部駅到着は、夜中の11時過ぎになった。

 

 地方都市を訪問する楽しみの一つに、早朝の「町走り」がある。わたしたちランナーは、地方出張の際には必ずジョギングシューズを鞄に忍ばせて旅に出る。早朝の街を見ながらランニングするためだ。どこでもいつでも走れる準備ができていることで、ランナーはふつうの旅行者にはできない楽しみができる。

 昨日も、府と綾部市が共同で運営している「北部産業振興センター」での報告会は、10時からに設定されていた。新幹線のなかでビールとハイボールをしこたま飲んだので、早朝6時に目が覚めてしまった。軽くシャワーを浴びて(わたしは走る前に入浴する)、さてどこまで走ろうかと考えた。

 報告会のイントロで話すために、いつも地方の講演では地元ネタを仕込んでおく。今回は開催が綾部市なので、「綾部」とグーグルで検索してみた。すると、ふたつの企業・組織がヒットした戦前に日本の製糸業(絹糸輸出)をけん引していた「グンゼ」(旧社名は「郡是」)。もうひとつは、戦前の日本最大の宗教団体で、戦中に軍部から大弾圧を受けていた大本教(出口和仁三郎)。

 郡是の記念館(グンゼスクエアー)は、セミナー講演後に副知事から案内してもらうことになった。早朝のジョギングでは、大本教の本部がある*長生殿まで走っていくことに決めた。早朝、フロントの男性にたずねると、商店街を突っ切って川沿いの道を歩いて20分ほどだという。走れば10分ほどの距離だとわかった。

 *(大本教)開教100年を記念して平成4年に建立された、20世紀有数の木造建築といわれる長生殿。

 

 ご存知のない方のために、ウイキペディアから引用すると、「大本(教)」とは、

 「1892年(明治25年)、出口なおに降りた国祖・国常立尊の神示を立教の原点とする教派神道系の教団。俗に「大本教」と呼称されることもあるが、正確には“教”を付けない。1980年からの内部分裂により、2グループが分かれ、それぞれ宗教法人・愛善苑、大本信徒連合会として各々のスタンスで正統性を主張している。愛善苑は出口王仁三郎のみを教主としている。

 1892年(明治25年)、霊能者出口なおに、「うしとらのこんじん」と名乗る神が憑る。(数年を経て出口王仁三郎の審神者により、この神が国祖国常立尊であると告げられる)。1898年(明治31年)出口なおと出口王仁三郎が出会い、教団組織を作ることになる。王仁三郎は、出口なおの娘婿として養子となった。やがて戦前の日本において、有数の巨大教団へと発展した。
 

 わたしが大本教を知るようになったのは、学生時代に読んだ高橋和巳の小説『邪宗門』からである。全共闘運動が華やかなりしころ、大本教は戦前の政府(軍部)から大弾圧を受け。組織が崩壊の危機を瀕していた。それがある意味では、機動隊と激しく衝突していた学生運動の象徴的な存在(正しく権力に抵抗する組織)でもあった。

 そんな遠い記憶があったものの、大本教の本部がどこにあるのかはつゆ知らず。訪問前のグーグル検索と宿のカウンターにおいてあった観光案内で、この町(綾部)が大本教の発祥の地なのだと初めて知った。とりあえず、早朝の町走りで行くべき場所を見つけたわけだった。

 フロントに部屋のカギを預けて、町に走りに出る。北口駅前にあるホテルを出ると、左側には、「グンゼ研究所」。その向こうには、むかし二万人の女工さんを抱えていた工場跡地が広がっている。いまは、工業団地の従業員の宿泊施設(アパートらしいき建物)になっている。

 福知山線の小さな踏切を渡って、鯉のぼりの旗がはためいている駅前商店街を通り越した。シャッター通りの商店街を想像していたが、比較的な元気な商店街のたたずまい。福知山に向かう一級国道を横切って、瓦屋根が多い古い町並みの路地に入る。「大本」(地名になっている)と書いた看板が立っていた。わたしのような訪問者が迷わないように、親切な案内は、いまも16万人ほどいる信者のためなのだろうか。

 

 大本教の本部は、緑深い森の中にあった。境内には、大きな松の木が青々と茂っている。

 門番の方が、こんな早朝なのに、箒をもって参道の砂利を掃き清めている。京都の竜安寺にあるような海に見立てた砂利道である。わたしが門から入っていくと、一礼をして通り過ぎるまで、掃除の作業を中断してくれた。わたしは、緩やかな坂は走らず、ゆっくりと歩いて昇っていくことにした。以前に、大学の裏手にある靖国神社で、参道を走ろうとして制止された経験があったからだ。

 境内に立つと、いつもながら厳粛な気持ちになる。坂の入り口に白い立て看板があった。「ポケモンGO!のための境内のご使用はお断りします」。おそらく二年前のポケモン導入時には、たくさんの愛好者がこの境内をゲームに使ったのだろう。

 坂を上り切ると、神殿のような木造の立派な建物が現れた。国の文化財に指定されている?長生殿。戦後に建てられた木造建築物では、もっとも貴重な建物物らしい。早朝なので、神殿の受付には誰もいない。昼間は案内人がいるようで、予約しておくと建物の中を案内してくれるらしい。

 厳粛な気持ちで、立派な神殿の周りを歩いてみた。門の横に立って、大本の神殿を眺めながら考えてみた。邪宗とされて弾圧されてきた宗派の100年の歴史。第二次戦対戦後の教派分裂後も、生長の家や神道諸派を生み出した教えの深さ。その影響力の根源はどこにあったのだろうか?

 戦前に、軍部から革命思想と目されたことの経緯は、もしかして、大本教はどこかしらオウム真理教に近い存在だったのではと想像してしまう。教祖たる麻原彰公と出口和仁三郎。そんな比較は、まったくナンセンスと言われるかもしれないが。

 しかし、丘の上にすくっと起立している長生殿は、わたしのそんな妄想とは関係なく、ただただ不思議な静寂の中にあった。  

 

 

 

 

 

| Kosuke Ogawa | 12:50 | - | - | pookmark |

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