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富山の薬売りの起源

NEW!学生達と富山に来ている。昨日は、魚津市の生地地区のこんぶの販売所と水場を散策した。そこで仕入れたこぼれ話である。富山は置き薬売り発祥の地。富山の人が日本全国を歩いて、家庭に薬を置く「配置薬」の行商を始めた理由は?

 

 この地で多くの製薬会社がなぜ生まれたのか? 現在でも、富山は日本一の製薬の生産県です。その謎は、魚津市生地の四十物こんぶ館で、北前船と富山の出稼ぎの話を聞いて解けてしまった。

 四十物、と書いて、「あいもの」と読む。鮮魚でも乾物でもない、その中間の丸干しなどを含む魚の中間製品の総称。約40種類あることから、四十物と当て字をするようになったらしい。この四十物を生業として来た富山人の中から、置き薬を全国に売り歩く人たちが生まれる。

 この説明をしてくれたのは、地元の観光案内のおばさん達だった。彼女達の説明によると、魚津には、河口に湖があって、江戸時代後期から明治の初めにかけて、北前船が北海道から立ち寄っていた。黒部渓谷から流れて出てくる冷たくてきれいな水は、こんぶの加工に向いていたからである。
 知床や羅臼、日高、函館で採れたこんぶは、北前船で富山のこの地に運ばれ、一次加工がなされた。乾燥の干したこんぶ、昆布巻きや昆布締めなど。こんぶの加工品を、この地からさらに関西方面など全国に運んだ。

 沖縄や鹿児島にも富山のこんぶは運ばれたが、これが中国本土に転送され、漢方薬の材料と交換された。ところがである。こんぶと引き換えに、中国からもたらされた漢方を素材に、富山の人は葛根湯などの風邪薬を作ったのである。

 もともと、冬の間、富山の人は、知床や羅臼に、こんぶを採集するために出稼ぎをしていたこともあり、オランダ人のように、行商の体質を持っていた。あとは、そのアイデアをどのように生かしたか? ここは、さらに詳しく調べる必要があるだろうが。

 何れにしても、漢方薬を作るようになり、こんぶの代わりに薬を売ることを仕事にするものが現れたわけである。

 これが富山で置き薬が始まった理由らしい。沖縄を起点にした、こんぶと漢方薬の交易が、富山に製薬産業を生み出したわけである。最後は、わたしの推測である。

| Kosuke Ogawa | 10:26 | - | - | pookmark |

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